2020年3月9日月曜日

市川和則さん ギタリスト

後輩のおじさんたちがついに本気を出し始めたみてゃーです。 

前に出ない県民性、故に周りの人たちの優しさで成り立ってきた二人には返しきれないほどの恩がたくさんあるはず。

 音楽の恩は音楽で返しましょう。二人とも面倒くさいぐらい個性的なんだから。

 これが芝川の鼓動だ!思想だ!精神だ!というものを存分にぶつける事になるのかな?

公演成功の土産話を期待してます、結成20周年おめでとう。



2020年3月4日水曜日

引き続き公開します

3月14日の、mitatake富士宮市民文化会館公演は、残念ながら中止になってしまいました。
会館をはじめ、いろんな方の手を借りて、一年以上前から準備をしてきましたので、とても残念ですが、この状況では仕方がないと思います。早く普通の毎日が戻ってほしいです。そう願いつつ、次のなにかを考えていきたいと思います。

いろんな形でいろんな人たちが協力してくれました。ほんとにありがたかったです。SNSで拡散してくれたりとか、来る予定でチケット買ってくださった方、今から買う予定だった方とか、関わってくれたすべての皆さん、本当にありがとうございました。次のなにかの時も、是非宜しくお願いいたします。


で、中止になってしまったので、公演のために、mitatakeがお世話になった方々にmitatakeを説明していただく必要がなくなってしまったといえば、必要なくなったのですが、ただ、別にmitatakeのコンサートもこれだけなわけではないですし、mitatakeを説明していただいてもなにも無駄ではないし、というか例えなにもなくてもむしろ説明してほしいし、もっというと、コメントを、もう数人の方に、いただいてしまってますし、それを公開しないのはもったいないですし、ぼく自身も、14日までなにもしないのも気持ちが悪いですし、まだまだ書き足りないですし、執筆したいですし、だから、もう、コメントいただいた方々に、中止になってしまったのですが、公開していいですか?いいですよ。と、許可はいただいたので、いただいたコメント引き続き公開させていただきます。そして、翌日のぼくが書くやつも引き続き書かせていただきます。

ということなので、皆様、引き続き、お付き合い下さいませ。

どうか、宜しくお願いいたします!!!!!

2020年2月26日水曜日

真城めぐみさんについての投稿

「たけ、真城さんといっしょにやったりしてるの?」6、7年前、もしかしたらもっと前かもしれない。いや、あとかもしれない。ぼくの音楽活動など、ほぼ興味のないはずの一番上の姉が、実家に帰ってだらだらしていたぼくにそう切り出してきた。六歳上の一番上の姉は音楽が好きだ。ぼくはこの一番上の姉に影響を受けている部分がかなりある。一番上の姉は、クラスメイトは聴かないような音楽のCDやビデオを(現在は富士宮市の旧芝川町という静岡のど田舎地区なのでなおさら)、当時小学生でもっと縁がないであろうぼくに、半強制的に見せ、聴かせ、こういうのがいいんだよという自分の基準を少しずつ植えつけてきた。そのお掛けで、ぼくはいろんな音楽を知ることになり、好きになったりもするのだが、そんな教育をしてきたわりに、一番上の姉はあまりぼくのやっていることに関心がない。もっと関心を持ちなさいよと思うのだが、そんな一番姉が、ぼくのやっている音楽のことについて触れてきた。一大事だった。おいおい、なんだなんだ、今頃か一番姉よ!弟はまだまだではあるがわりとそれなりに頑張っているぞ。今ごろ関心を持つな。CDくらい聴け!ライブを観にこい!などなど、心の中ではいろんな感情が爆発してはいたが、ぼくはそれを悟られないように、「やってるよ。たまにね。」と、気にしていない雰囲気を懸命に醸しだし、今だらだらしてるんだから話しかけないでよといった『ふり』を続けた。色々聞いてこい!答えてやるぞ!やっている年月だけはまあそれなりに長いと言えば長いんだ。なんでもこい!歌についてとかか?ハーモニカか?いいぞ!疑問や気になることはいったほうがいいぞ!さあこい一番姉!時間なら、ある!ぼくは次の一番姉の言葉を待っていないふりをしながら万全の状態で待ち構えていた。だが、一番姉は、ぼくの『セリフ』を聴き終わると、へー、と一言言ったか言わないかくらいの間で、どこかへと消えていった。別に実家に住んではいないし、いつ来たのかもわからなかったが、彼女はそのままどこかへ消えていった。今のは一体なんだったのか。なにを聞きたかったのか。どんな質問が来ても答えられるように、自分の音楽の浅い知識や浅い経験を走馬灯のごとく頭の中を駆け巡らせていたというのに。かっこ悪いので引き留めるわけにもいかず、そのままぼくはだらだらしているふりをするしかなかった。心には、ぽっかりと、穴があいた。心にあく穴は、ふつうは、ずっといっしょにいた友達が引っ越して遠くにいったりとか、けっこう時間がかかっているものが無くなったりしてあくものだと思うが、ぼくの心には、かなりすぐに、あいた。そして、ぼくは、一番姉に、ぼくの音楽の話題について触れられたので、気が少し動転していたのだが、だんだん冷静に戻ると、あることに気づいた。「たけ、真城さんといっしょにやったりしてるの?」、「たけ、真城さんといっしょに」、「たけ、真城さんと」、「たけ、真城さん」、「け、真城さん」、「、真城さん」、「真城さん」、真城さん!真城さんなのか!弟じゃなくて真城さんなのか一番姉よ!!一瞬でも自分の音楽に興味を持ってくれたのかと勘違いしたぼくがバカだった。バカだ。ぼくはバカだ。バカだったのだ。ぼくの心の穴はすぐに埋まった。あくのもすぐだったが、埋まるのもまたすぐだった。ぼくが真城さんを昔から知っているのは一番姉の影響だろう。直接これが真城さんだよと教えられてはいないだろうが、周辺の音楽を少々拷問的に聴かされていたため、そういう音楽がよいと刷り込んでいただいていたため、自然といつの間にか当たり前のように知ったのだと思う。なので一番姉が『真城めぐみ』に関心があることも当たり前なのだ。それなのに、自分の音楽についに一番姉が興味を持ったのかと勘違いしてしまった自分が情けなかった。「たけ、真城さんといっしょにやったりしてるの?」こう言われたら、それはもう、真城さんに興味津々なことは、明らかなのである。ふつうの人は、気づく。だが、ぼくはその時、冷静ではいられなかった。一番姉に夢を抱いてしまった。一瞬でも一番姉に夢みてしまった自分が恥ずかしくて悲しかった。一番姉がなぜもっと真城さんについて聞いてこなかったのかは謎だが、まあ恐らく必死に隠そうとしていたにも関わらずぼくがめんどくさそうな雰囲気を醸し出してしまっていたためなのだろうが、全く興味のない弟へわざわざ聞いてしまうくらい、真城さんは影響力が抜群なのだ。一番姉に限らず、真城さんは、いつでもどこでもなんどでも人気者である。いっしょにやっている「BLUES LAB」というブルースバンドでも人気だし、他で共演しても人気だし、TwitterやInstagramでも人気だし、ぼくが見る限りちょー人気者なのだ。mitatakeによくいらっしゃるお客さんが、ぼくが真城さんとやっている『BLUES LAB』というブルースバンドのライブに来てくれたときの、終演後のぼくへの第一声が、「真城さんといっしょに写真とりたいんだけど頼んできてくれない?」だ。おかしい。気にする人は気にする。せめてもう少し包み隠しながら言ってほしい。真城さんに頼んで何枚か撮ってもらったあとに、その人は、ぼくに言った。「入るなら入ってもいいよ。」おかしい。すごくおかしい。気にしてる気にしてる、ぼく気にしてますよーと思った。思ったが、思ったのだがぼくは入れてもらってまた何枚も撮った。ぼくにはプライドなんてなかったのだ。入れてもらってって言っちゃってるし。真城さんの人気はもう嫉妬もする気になれない。なんだかほんとにうまく言えないが、質のよい人気なのだ。羨ましい。真城さんに最初にお会いしたのは、mitatakeが、シンガーソングライダー『堂島孝平』さんのライブのオープニングアクトをさせてもらったときだ。真城さんは堂島さんのバンドにコーラスで入っていた。打ち上げの時に、同じくバンドに入っていたギタリストの「八橋義幸」さんと、真城さんと見田くんとぼくの4人の席になって、すごく緊張したが、2人に色々な話を聞かせてもらったのを覚えている。真城さんは歌が素晴らしいし、コーラスの仕事も膨大なのだが、若かったぼくは、自分がメインで歌うときと、コーラスの時に心がけている違いはなんですか?と聞いた。真城さんは、「コーラスのときは、歌の方に寄りそうようにすることかな。」と言っていた。ぼくは、未だに覚えているというところでもわかるとおり、なんだかその一言がすごく心に残った。真城さんはもしかしたらその時何となく答えたのかもしれないが、そんなこと言ってた?って絶対言うと思うが、というかそれってバックで演奏する人みんな心掛けていることなのかもしれないのだが、昨年真城さんに初めて1曲だけだがコーラスしていただいたとき、ものすごく気持ちよかった。久しぶりに夢心地だった。ぼくに、ぼくなんかにも、たしかに、真城さんは寄りそってくださっていた。これかあー、と、十何年を経て、この言葉の重みを重々と感じた。その後、堂島さん関連で何度かお会いし、堂島さんの紹介で先ほど出てきた『BLUES LAB』というブルースバンドで真城さんとバンド仲間になり、定期的に真城さんに会うようになった。真城さんとか、真城さんがもう25年もやっている『ヒックスヴィル』というバンドとか、別に、ぼくだって好きだ。初めてお会いしたときとかも、悪いけどこっちは、うわあー、真城さんだー!ってなってるし、何度会っても、言葉や顔には出さないが、真城さんいる!いま真城さんそこにいる!みたいになるし、もっと、なんていうか、その、前から好きなんです的に接してみたりしたい。したかった。だが、会った初日の打ち上げで目の前に座られ、思いの外何回もお会いする機会は訪れ、息をつく間もないまま『バンド仲間』になってしまい、前から好きなんです的に接することは、もう不可能となった。だっておんなじバンドにいてそんな雰囲気を出していたらおかしい。真城さんがやりづらい。まわりもやりづらい。ぼくもやりづらい。機会はうかがっていたが、BLUES LABが始まった時点でぼくはそれを諦めた。BLUES LABももう9年。真城さんには少しは慣れた。だが、ぼくにはまだ、やらなくてはならないことがある。それは、もうずっと前から所有している、ヒックスヴィルのファーストアルバム『TODAY』とか、ヒックスヴィルと片寄明人さん(ギター)高桑圭さん(ベース)白根賢一さん(ドラム)のバンド『GREAT3』の前身バンドといったらいいだろうか、『ロッテンハッツ』のアルバム『ロッテンハッツ』とかに、サインをしていただくことだ。そんなタイミングは、はっきり言って、ない!いや、タイミングがないと言うより、もうそんなサインをいただく雰囲気になんて、どんなことがあっても、ならない!そんなのは、おかしいのだ、そんなのは!だが、真城さんがこれを読んでくれることを願って、真城さんに会うときには常にCDを携帯することにしたい。そして真城さんからこの話が出たときに、おもむろに、照れつつも、少し微笑みを投げ掛けながら、CDを取りだし、マジックを添えて手渡し、日付と、『タケへ』と付け加えていただき、サインをかいていただくのだ。なんとも図々しい計画だが、これしかない。成立させるにはこれしかないと思う。そう思っている。その機会をうかがっていきたい。真城さん、宜しくどうぞ。ここで、知っている方は、あれ?ヒックスヴィルにもロッテンハッツにも、同じくBLUES LABの『中森泰弘』さんいるよね?中森さんにはサインいいの?みたいになっているかもしれない。わかっている。ぼくだって中森さんがいることはわかっている。わかってはいるが、この、その人についてぼくが書くシリーズでは、極力その人以外の人にスポットをあてないようにしているのだ。だから、ぼくは中森さんのことだって好きだ。中森さーんって思ってる。だけど、我慢している状態なのだ。勘違いしてほしくない。中森さんを軽視してはいない。素晴らしい。中森さんは素晴らしい。会いたい、中森はんに会いたくなってきた。冷静でいられず『中森さん』ではなく、『中森はん』になってしまった。敬意、そして親しみを込めてそのままにしておきたい。『KinKi Kids』のアルバムにハーモニカで参加させてもらうことがあった。『真心ブラザーズ』の『YO-KING』さん作詞作曲で、堂島さんアレンジの曲だ。そのレコーディングの時、ぼくのハーモニカと真城さんのコーラスが同じ日に録音された。ぼくのハーモニカを録り終えてから、真城さんのコーラスだった。ぼくは終わったので帰ってもいいのにそこに居座って見学していた。堂島さんと試行錯誤をしながら声を納めていく真城さんがかっこよかった。もう一人いた方がいいということになり、居座っていたぼくも少しだけ声を入れさせてもらった。この日、真城さんのレコーディングする姿を初めて見ることができ、同じ作品に参加させてもらい、尚且つ、真城さんの声と自分の声が重ねて録音されるという、三重罰ならぬ、三重御褒美をいただいた。いろんな意味でとても印象的で幸せな日だった。真城さんは、ぼくには、やさしい。ぼくが川越に住んでいることを知っていて、いつも終電を気にしてくれる。歌も素晴らしい。圧倒される!ほんとに!いっしょにやってても、たまに聴きいってハーモニカを吹くのを忘れる、時もあるし、聴きたいから吹かない時とかもある。あと、おもしろい。おはようございますとあいさつしたその時からなんか笑わしてくる。爆笑させられる。そして、かわいらしい。ファンの方はみんな言う。ぼくも思う。何年たってもかわいらしい。なんか悪いとこを見つけられない。ずるい。ずるいなあ。いいなあ。うらやましい。こんな人と音楽させてもらえる機会をいただけて、感謝してもしきれないと思う。ので、感謝はそこそこにして、真城さんと今後も精一杯音楽を楽しませていただきたいと思う。もう一度言うが、中森さんのギターは大好きだし、中森さんのことは大好きだ。そこは勘違いしないでいただきたい。真城さんにサインをいただいたあとに、中森さんのもとへと照れながら向かおう。


 真城めぐみさんは、25年続けている『ヒックスヴィル』をはじめ、『ましまろ』『HEA』『ジョンB&ザ・ドーナッツ』などなどさまざまなユニットをやってまして、さらにコーラスとして、たくさんのアーティストのレコーディングやライブに参加しております。 今は、このライブがおすすめでしょうか。

 【ヒックスヴィル LIVE】

2020年4月5日(日)

 東京 代々木『Zher the ZOO YOYOGI』 

「ヒックスヴィル Birthday Party」 

LIVE:ヒックスヴィル(アコースティック)

 OPEN 16:00/START 17:00

初ライブの日、結成記念日公演 メール予約受付中です

 詳細 https://t.co/5e6osOQ1K5

ヒックスヴィル是非!! 真城さん愛溢れるコメントほんとうにありがとうございました!!




2020年2月25日火曜日

真城めぐみさん 歌手

mitatakeの2人に最初に会ったの随分と前になる、10年くらいかな?
 堂島孝平くんに紹介してもらった彼等は高校生くらいに見えたな。
人の良さそうな見田くんと変なタケ。
その後縁あってタケとはブルースのセッションバンドをかれこれ10年近くやる事になる。
 そのバンドの中で私とタケだけはいつまで経ってもブルースに慣れないで居る(笑)

 見田くんには先日ほんと久しぶりに遭遇したんだよ。 

そんな2人が20周年の記念に故郷のホールでコンサートを行うなんて素晴らしいではないですか!
立派だよ。

わたし、もう少しキャリア長いけどそんな事出来る気まったくしないもの。

 この日ばかりは2人の勇姿を観に集まってくれませんか。
大きなお世話かもだけどさ。


 真城めぐみ

2020年2月22日土曜日

続木力さんについての投稿

高校一年生の冬、山崎まさよしさんに影響を受けてハーモニカをはじめ、なんとなくぼーーっと続けていた。1年後くらいに見田くんと初めて人前で前座としてだが演奏をさせてもらったとき、メインの演奏グループの中に、ブルースハーモニカ奏者『妹尾隆一郎』さんがいて、妹尾さんの演奏を聴き、ハーモニカってこんな音出せるんだ!とほんとに感動した。プロのハーモニカ奏者を体感して、なんとなくこのままではいけないと思い、今までとは違う気持ちで練習をし始めた。だが、妹尾さんがどうやって吹いているかとかすごすぎて全然わかんなかったし、なんだかうまくいかなかった。高校を卒業し、東京に出てきて(住んでるのは埼玉)、ある時、見田くんとハーモニカのコンテストを観に行った。コンテストのあとに、松田幸一さん、妹尾隆一郎さん、八木のぶおさん、石川二三夫さん、西村ヒロさんなどなど、ホーナーというハーモニカメーカーのカタログのプロ奏者紹介ページに載っている人が次々と演奏する『模範演奏』が始まり、観ていたのだが、あまりにもすごすぎて、ちょっと違うかもしれないが、東京ってすごいなあと思って、東京というプレッシャーに負けそうになった。みんなかっこよくて、なにか仕出かしそうな雰囲気がぷんぷんとしていて、プロって違うよなあー、とりあえず帽子とか被ったほうがいいのかなあー、ブルースってかっこいいけど難しそうだなあー、とかいろいろ思っていたら、わりと、いや、とても地味な感じの人が出てきた。しかもその人は、みんなそのイベント専用のバンドさんといっしょに演奏しているのに、女性のボーカルと男性のギターを連れてきていた。ボーカルの方、ギターの方2人ともとてもミュージシャンっぽいなにか仕出かしそうな雰囲気なのに、あきらかにその人だけ地味だった。2時間くらいのコンテストのあとにもずっと模範演奏だったからハーモニカの音にも飽きてきていて、この人の演奏をしっかり聴くという気分ではなかったぼくは、ちょっと早く終わらないかなーと思っていたくらいだった。「ここ数年で気に入ってるユニットで今日はやらせてもらいます。」その人がそう言うと、演奏が始まった。あっ!なにこれすごいな。なんだこれなんだなんだ。この人演奏してる?すごいな、ほんとに?この人?すごいすごい。すごいなーすごいなー、いや、すごいなーこの人ーー。歌の合間をうめるフレーズだけで素敵だったが、間奏のアドリブがもうなんというかそのときのぼくには衝撃的すぎて、めまいに近いなにか変な感じを受けたのを覚えている。東京のプレッシャーはどこかにいっていた。今までの演奏者の方々とは全く違ったジャズ的な要素が入った、どこかヨーロピアンな、ブルースな感じばかりではない、この『ブルースハープ(ぼくが演奏しているハーモニカの呼び名)』という楽器では聴いたことのないとても興味深い音を、その人は出していた。音もとてもきれいで、ビブラートがとても独特だった。すごかった。この人は、すごかったのだ。演奏が終わったあと、隣にいた見田くんとこの人すごいねー誰だろうねこの人。誰?だれ?みたいになった。演奏始める前に言ってるだろうから聞いてろよという感じだが、とってもすごい演奏だったこの人は、『続木力』さんといった。その日のそのあとのことはあまり覚えていない。その日から続木さんはぼくのアイドルになった。あんなことできるようになりたいなあー、あの人みたいになりたいなあー、会えないかなあー、街でばったり会ったりできるのかなあー、教えてもらうみたいなことはできるのかなあー、ハーモニカなにつかってるかなあー、同じの使えばうまくなるかなあー、CDあるかなあー、ほしいなあー、CDとかないかなあー、出してないかもなあー、でもあるかなあー、人のCDに入ってるやつでもいいなあー、なんかあったらいいなあー、続木さんのことをとてもよく考えた。見田くんと、続木さんやさしそうだよね、続木さんに面倒みてもらいたいよね、と話したりした。図々しかった。なんかでも、そういうことを思うくらい続木さんが好きになっていた。地味だなとかおもってたくせに、すごく好きになっていた。20年近く前のことだから、今よりも情報が少なく、続木さんは自分のページを持っていなかったし、調べるのも大変だったが、懸命にネットを駆使して、半年かそれくらいしてから、見田くんと、コンテストの時に演奏していたユニットのライブを観に行った。コンテストの時は1曲だったが、その日は2時間ほどまるまる続木さんの演奏が聴けて、とても幸せだった。終演後、続木さんは足を怪我していたみたいで、すぐに帰ってしまい、話しかけることはできなかった。次に行ったときは話しかけようと思った。すぐに次の機会は訪れた。また終演後に、ぼくは本当に緊張したが、何回もやめようとしたが、頑張ってアイドル『続木力』さんに話しかけた。「すいません、続木さん、このハーモニカケースにサインしてもらえませんか?」ミーハーだった。ハーモニカのことを聞くのではなく、ぼくはサインを求めた。やはり、続木さんはぼくにとってアイドルだったのだ。「いいですよ。でもいいの?こんな立派なケースにぼくのサインで。小さく書こうか?」なんとなく予想はしていたが、続木さんはやさしかった。とてもやさしかった。ハーモニカをやってること。どんなことをやっているか。どういう音楽が好きか。そんなことを話した気がする。そしてそのあと、衝撃の言葉は、ぼくに向かって放たれた。「今度、酒井俊さんっていうボーカリストのライブが渋谷であるから、荷物持ちでついてくる?連絡先教えるよ。」驚いた。驚きすぎた。続木さんは、初めて会う若者でなんの情報もない変なやつかもしれないこのぼくに、連絡先を教え、そして、間違えれば自分の立場も危うくなるのにこの得体も知れぬサインください野郎を、ライブ現場に連れていってくださると言っているのだ。信じられなかった。信じられなかったし、よく理解できなかった。けど、いきます!といった。断る理由はなかった。いきたい。そんなの。そんなのいきたいに決まっているのだ。続木さんと電話かメールか忘れてしまったが、渋谷駅で待ち合わせをして、ぼくは、人生初めての、荷物持ちをすることになった。渋谷駅で待っていると、続木さんが、おう、待った?行こうか。そういって現れた。ここで気づいてほしいことは、荷物持ちはふつう、ミュージシャンの家まで荷物を持ちにいくということだ。現場最寄り駅では待ち合わせないのだ。それでは荷物持ちの意味がないのだ。だが、続木さんは、そればかりか、ぼくに会ってからも荷物をそのまま自分が持って行こうとしていた。現場最寄り駅で待ち合わせてる時点で失格なのだが、それでも今日は荷物持ちだけはがんばろうと、荷物持ちとしてのプライドを家から持ってきていたぼくは、いや、荷物を持ちます、というと、そう?悪いね、じゃあお願いします。といい、続木さんは、ようやく荷物をぼくに渡した。駅から会場まではそれほどは歩かなかった。ほぼ、ぼくの来る意味はなかった。会場は、『JZ Brat』というおしゃれな広めのとても素敵なところだった。いつかの東京のプレッシャーが、いく月もの時間を経てまたぼくを襲ってきた。もうすでに『酒井俊』さんや、他のミュージシャンの方々がセッティングをしており、続木さんは皆さんと握手をしてからセッティングを始めた。「続木さん今日荷物持ちいるの?いいねー。」とどなたかがいって、続木さんは宜しくねーといったようなことをいっていた。ぼくも頭を下げた。ぼくは、荷物持ちとしてのプライドしか持ち合わせていなかったため、荷物を置いたあとは、全く何をしていいかわからなかった。そばで固まっていると、「ねえ、いま何時かわかる?」と酒井俊さんはぼくに聞いてきた。数日前にテレビでみた酒井俊さんから時間を聞かれ、びっくりしたが、4時17分です、と、緊張しながらも比較的しっかり答えることができた。非現実的なことが起こりまくっていてよくわからないことばかりでそのときのぼくは本当に困っていた。困っているぼくなどはお構いなしに、リハーサルが始まった。少し離れたところでぼくはリハーサルを見守った。ジャズのライブハウスのスケジュール表をみまくっていたぼくは、本日のミュージシャンさんの全員の名前を知っていた。そして先日テレビでもみた酒井俊さん。それらの方々といっしょに演奏する続木さん。俊さんの歌を支えるミュージシャンの方々、それに絡む続木さんの音が心地よかった。リハーサルだけでも、じゅうぶんに楽しかった。店の人以外他にお客さんはいない。ぼくだけに演奏してくれているような錯覚を覚えた。とてもとてもいい時間だった。だが、リハーサルが終わると、ぼくはもっと何をしていいかわからなかった。ここ座ってなよ、と、続木さんは、ミュージシャン専用のスペースのソファを指差した。ぼくは荷物持ちだ。荷物持ちしかできないが、荷物持ちらしさを失いたくなかった。荷物持ちのプライドだ。そんなとこは、荷物持ちが座っていいわけはなかったので遠慮した。だが、他のミュージシャンの方々も、いいよいいよ座んなよと言ってくださって、荷物持ちのぼくはそこに座ってしまった。皆さんが話す内容は、世の中の最近の出来事、今日の曲について、美味しい食べ物のこと、海外にいってきた話、などなど、さまざまだったが、ぼくにはすべてがとても興味深く、荷物持ちとして、静かに頷き、静かに驚き、静かに笑った。その後、食事が出てきて、お店の方は、ぼくの分まで出してくださった。よくわからないけど、お店の方、そして酒井俊さんにお礼をいった。食事はとても美味しくて、続木さんは、食べられないからと、自分の分をかなりぼくに分けてくれた。ぼくはすべてを誰よりも早く食べ終えた。荷物持ちとしてのプライドは消えそうになっていた。かなり時間がたって、お客さんが入ってきた。酒井俊さんはとても人気があるので、大勢のお客さんで賑わった。ここまでくると、皆さんも優しいし、なんとなく雰囲気になれてきて、少しリラックスしてしまっている自分がいた。皆さんが専用のスペースから順々に立ちはじめ、いよいよ本番は始まった。ぼくは、専用のスペースの横の柱に寄りかかって立ちながら演奏を聴いた。本番は照明やお客さんが入ったこともあって、さっきのリハーサルとは全く違う雰囲気になっていた。ミュージシャンの皆さんは、リハーサルの演奏とは比べ物にはならない、質の高い、とても素晴らしい演奏をステージ上で繰り広げていた。ぼくは楽しくて仕方なかった。続木さんは、なにか他のミュージシャンの皆さんの音を感じ、たまに笑みを浮かべながらそこに絡んでいったり、自分から仕掛けていったりと、楽しんでいるようだった。今までで三回しかみたことなかったけど、今まででいちばん輝いて見えた。会場のせいなのか。でも輝いてみえた。かっこよかった。この日は2ステージ入れ換え制で、最初の演奏が終わったあとに、少し時間があったので、また専用のスペースで皆さんと座りながら皆さんの話を聞いていると、なにか仕出かしそうな雰囲気を持った方が、おう!といいながら入ってきた。皆さんとの話を聞いているうちに、その方は、日本ジャズ界でとても重要な人物であるドラマーの『大隅寿男』さんだということがわかった。ぼくは、名前は知っていたので、とても驚いたが、消えそうになった荷物持ちとしてのプライドを取り戻すかのごとく、顔には出さなかった。大隅さんは、とてもかっこよくて、皆さんとの話もとても盛り上がっていた。大隅さんは時間がなかったようで、2ステージ目を観ていくことはなく、会場を去っていった。去るときに、皆さんと握手をし、ぼくには、じゃあまた、と言って、夜の渋谷に消えていった。ぼくにまで挨拶をしてくれるなんて何て素敵な人だと思った。握手ではやりすぎだ。目をあわせてじゃあまた!ちょうどいい。荷物持ちのぼくにはちょうどよかった。大隅さんは荷物持ちのプライドも守ってくれた。ぼくは、引き続き頑張ろうと思った。2ステージ目は、1ステージ目よりもさらに素晴らしかった。ぼくはまた柱に寄りかかりながらも、たまに場所を変えたりして、いろんな角度から演奏を楽しんだ。楽しかった。続木さんは、ずーーーっとよかった。続木さんのフレーズを覚えれるだけ覚えようと思った。どうせ忘れてしまうが、少しでも覚えようとしていた。そんな大変なことをしようとしているぼくのことなどお構いなしに、続木さんはずーーーっと素敵なフレーズをだし続けていた。すごい人だ続木さんは。演奏が終わり、皆さんとまた専用のスペースで座って、少しすると皆さんが自分の楽器を片付け始めた。続木さんも片付けに行こうとしていたので、ぼくがついていこうとすると、ここに座ってていいよ、すぐだし。と言って、一人で片付けにいってしまった。もはやぼくは、荷物持ちでもなんでもない、ただで演奏と食事を堪能した愚か者であった。残ったぼくは、片付けが必要ないピアノ奏者の森下滋さんと二人きりになり、それはそれで大変だった。何を話していいかもわからないので、黙っていると、自分がよくいっしょにやるハーモニカ奏者の話をしてくれた。ハーモニカってこうでこうでこうだから、こうやって楽しんだらいいんじゃないかなとアドバイスをしてくれた。演奏が終わってもまたいい時間をいただいた。続木さんは、こういう時間をわざわざ作ってくれたのかなと思った。皆さん片付け終わり、帰ることになった。続木さんの荷物を持ち、いっしょに駅に向かうと、森下さんといっしょになった。少し歩くと、ぼくはこのコンビニによっていくので、また!と、コンビニに入っていった。続木さんは、今日はなんだかわるかったね、付き合わせちゃって。みたいなことをいってきた。ぼくは、楽しかったし勉強になったことを伝え、感謝も伝えた。新宿駅までいっしょに行き、ここでいいよありがとうと、荷物を自分で持ち、続木さんは電車を乗り換えた。基本的に続木さんや他のミュージシャンの方々の、あとお店の方々の、邪魔をしただけの1日であった。だが、ほんとうに楽しくていろんな体験ができて美味しくて、いい、よい、よすぎる、幸せな、そんな1日だった。続木さんは、どんな気持ちでぼくを誘ってくれたのだろう。不思議な人だなあと思ったが、ハーモニカだけでなく、人としてもとても魅力的な人だと感じた。その後はライブを観に行く以外に、そういう荷物持ちを何回かしたり、続木さんの引っ越しを手伝ったりと、続木さんと会う機会がほんとに多くなった。引っ越しも、ほぼなにもしないで、ごはんを食べて帰った程度だが、続木さんは、なにかとぼくを誘ってくれた。引っ越し後は、毎月、続木さんちにごはんを食べに行き、話をして帰るというのをつい最近までやっていたし、谷川賢作さんとのパリャーソというユニットとの演奏などで、いっしょに演奏する機会も増えたりして、ご自宅ご飯のついでのように数回指導を受けたこともあってか、いつの間にかぼくの師匠といった感じになるのだが、続木さんとは、もう、音楽のつながりだけでない、なにか、家族みたいな感じでずっとお付き合いさせてもらっている。続木さんに会ってからハーモニカの練習も自然とはかどったし、使っているハーモニカの機種だって偶然にもいっしょだ。なんなんだろうこれは。見ず知らずの若者を荷物持ちに誘ったあの日、続木さんはぼくとこんなに長く付き合っていくことに気づいていたのだろうか。続木さんは、ほんとにやさしい。世界的なハーモニカ奏者なのに、すごい人なのに、それを忘れてしまい、ぼくは甘えてしまう。それを受け入れてくれてしまうくらいに続木さんはやさしい。一度、ごはんをご馳走するからと、ぼくの住む遠い遠い川越まで続木さんが来てくれることになったのだが、当日ぼくは、当時やっていた深夜のコンビニの清掃アルバイトのため、待ち合わせ時間になっても起きることなく、その5時間後くらいに起きることになるのだが、慌てて電話すると、「何かあったのかと思ったけど、無事でよかったよ。今日はもう帰ってきちゃったけど。ごめんね、また誘うよ。」と、怒るどころか、謝ってくれた。今度ばかりは嫌われたかと思ったぼくは、なんと言っていいかわからず、ひたすら謝り続けたが、電話を切ったあとに届いたメールをみると、待ち合わせ時間から、3時間は待っていてくれたようだった。そんな師匠は、いない。ぼくもそんなやさしい続木さんに、迷惑をかけないようにしているのだが、そんな思いも空しく、未だに迷惑をかけつづけている。申し訳ない。もう続木さんなしの人生は考えられない。だから、もう諦めて、一生甘えようと思っている。ごめんなさい、続木さん。あなたの弟子、『岳』は、あなたに迷惑をかけ続けます。お許しください。でも、こんなにやさしくて、素敵な人だからあんな音が出るんだろうなあといつも思う。続木さんって、ほんとにハーモニカが上手なんだ。みんなに聴いてほしい。みんなに聴かれると、自分のハーモニカが霞みすぎてみえなくなるのだが、でも、聴いてほしい。ハーモニカってこんなにいいんだということを、いつでも教えてくれる。それが、続木力のハーモニカであるのだ。「この人は、レッスン料を払わない、ぼくの弟子です。でも、ハーモニカはぼくよりうまいんです。宜しく。」このいろんな誤解をとくのにとても時間がかかる人への紹介の仕方を、いつまでも続けていただけるように、日々頑張りたいと思う。


実家のパン屋さんを継ぐためにフランスに修行にいったのにハーモニカ奏者になり、フランスで大活躍したあと、日本に帰ってきてまた大活躍し続けている続木さんと、ピアニストの谷川賢作さんのユニット『パリャーソ』のコンサートがあります。


 2/23(日)

成城学園前 Cafe Beulmans

 Palhaço

 【 出演 】 Palhaço:続木力(harm., recorder), 谷川賢作(pf)
 【 時間 】開場14:30 開演15:00
【 チケット 】ミュージックチャージ3,200円+要2ドリンクオーダー
 【 ご予約・お問い合わせ 】 Cafe Beulmans
tel.03-3484-0047 info.cafebeulmans@gmail.com
 メールでのご予約の場合、必ず当日ご連絡がとれる電話番号をご記載ください


 続木さんも賢作さんも、素晴らしいです。ほんとに。2人の師匠の演奏を是非。
他にも続木さんは様々な方々と様々な音楽をやられています。全部おすすめです。是非!!






2020年2月21日金曜日

続木力さん ハーモニカ奏者

私は佐野岳彦のハーモニカの師匠である。 佐野は感覚派というか、吹きたいと思った事、これが気持ちいいと思うイメージを 何も考えずに楽器に乗せて行くタイプ。 その歌い回しは時にセオリーから逸脱し デタラメだったりもするのだが、そのデタラメをまかり通してしまうだけでなく、不思議な魅力をそのデタラメに乗せてしまう。そういった妙な才能が佐野にはある。 世界広しと言えども、佐野のようなハーピストは二人と居ない。そのプレイスタイルの面白さは、師匠として太鼓判を押したい。 歌の方は、生来の歌心に加え、優げであるが 抜けが良く、歌詞をしっかり伝える歌声と、独特な間合いが聴く者の心をわしづかみにする。 佐野とタッグを組むのが、ギタリスト 見田諭。 こちらは天然物の佐野とはうって変わって理知的。佐野の良さを熟知した上で、その魅力をのびのびと発揮出来るよう 音楽を構築するデザイナーである。 プレイスタイルは、オリジナリティーがあり、端正。美学があり、よく研究された演奏は 音楽をよく知る者をも唸らせるであろう。 野人の佐野と知性派の見田、正反対の二人の組み合わせの妙は 、まだ彼らが学生で、ユニット結成間もない頃から感じられた。会場を湧かせる というより、リスナーの心にじわっと浸透して、時間を止めてしまう力。歌も演奏もまだまだ拙い二人であったが、自分たちの世界を濃厚に醸し出し、リスナーを引き込んでしまうものが既にして備わっていた。 それから20年の時を経て 醸成された二人の演奏を聴く機会が彼らの出身地 富士宮に訪れる。 3月14日に富士宮市文化会館にて、ユニット結成20年記念コンサートを開催すると聞いた。 故郷に錦を飾るライブ。気合いの入れ方は並々ならぬものがあるであろう。 「ミタタケ」の演奏を富士宮で聴いて欲しい。 


2020年2月14日金曜日

谷川賢作さんについての投稿


矢野顕子さんが大好きだ。カバー曲の多いmitatakeのレパートリーの中で、一番多いのが矢野顕子さんのカバーだ。短いライブの時なら、全部矢野さんの曲というときもたまにある。矢野さんもまたカバーをよくされる。オリジナルも膨大だが、カバーもまた膨大な数だ。高校3年の冬。大学受験も佳境で、ご飯とトイレと睡眠以外は勉強という生活をみんながしている中、ぼくは我慢ができなくて、その1月ほど前に出たばかりの矢野さんのカバー弾き語りアルバム『Home Girl Journey』を買ってしまった。1月は我慢しているところを評価してほしいが、そのアルバムはほんとに素晴らしくて、勉強の合間、そして、学校が自宅と少し離れたところにあったので、電車の中や、自転車でそれこそ富士宮市民文化会館の脇なども通ったりしながら、CDウォークマンでよく聴いた。山下達郎さんの『PAPER DOLL』という曲から始まるそのアルバムは、ピアノの音がなんだかすごくリアリティーがあるというか、そばで聴いているみたいというのともまた違うが、音にお化粧とかしていない、ほんとに矢野さんが弾いてるそのままを詰めたと感じるような、それもまた違うような気がするのだが、うまく言えないが、とてもすーっと自分の中に入ってくる作品という印象で、初聴から惹き付けられまくった。アルバムタイトル曲のオリジナルも含め、選曲も素晴らしくて、これは1992年に出た弾き語りカバーの第一弾で歴史的なカバーアルバムとしてとても人気が高く、当時のぼくも一番好きだった『SUPER FOLK SONG』を、超えた!!!と、最後まで聴いてそう思った。中でも高校生のぼくを惹き付けてやまなかったのが、『DiVa』というユニットの、『さようなら』という曲だった。詞が谷川俊太郎、曲が谷川賢作。親子かなと思った。調べると、親子だった。日本で一番有名な詩人といっても過言でない谷川俊太郎。そして、その息子でピアニストの谷川賢作。谷川賢作という人は知らなかったが、なんだかすごい強力なコンビだなあと知らないながらに思った。矢野さんが演奏する『さようなら』はほんとに何度も聴いた。詞がいまだに理解できていないし、その当時は詞なんてほぼ聴いていないに等しかったぼくだが、言葉から出ている力というか、オーラというか、パワーというか、1ヶ所だけお母さんにはメッセージあるけどお父さんには宜しくいっといてみたいなのかわいそうだなと思ったりしたが、なんか詞全体のそういう言葉の力みたいなのが曲の力そして矢野さんの力と合わさってとても大きなものになっているのを感じて、すごく衝撃を受けた。で、メロディーがまた好みだった。難しくて聴いたことないものだったが、好きだった。矢野さんの曲も毎回そうだし、なんだか矢野さんに似たものを感じていたのかもしれない。谷川賢作って人は有名な人の息子だけど、本人もすごいなあと失礼ながら思った。東京に行ったら谷川賢作に会えるかなあ、無理かなあ、会えたらいいなあ。どんな人かなあ。こんな曲をかける人なら温かいかなあ。有名な人の息子だから冷たいかなあ。冷たくても会いたいなあ。会ってもなにしゃべったらいいかわかんないなあ。でも会いたいけどなあ。まあ 無理だな。そう思って、それからDiVaや谷川賢作を調べることはなかった。矢野さんの新アルバムを買ってから4ヶ月、ぼくは埼玉県川越市に引っ越した。大学に受かったのだ。川越は、3つの電車が走っており、当時見田くんが住んでいた場所にも、都内にも、そして大学にも行ける、ぼくにはとても便利な場所だった。毎週のように見田くんちに行って遊んでいた。見田くんとよくライブも観に行っていたが、初めて行ったのが、日本で一番を決めるハーモニカのコンテストだった。コンテストの出場者は皆さん上手で圧倒されたのだが、そのあとのプロの模範演奏に、続木力という人がでてきて、その人のハーモニカに心の方を盗まれた。その日から続木さんを思い、続木さん情報を調べた。当時は今とは全然違ってなにか調べるのも一苦労だったのだが、なんとか調べて、なかなか勇気が出ず行けなかったが、半年以上たってからやっとライブを観に行った。そのライブの終演後に、これから行われる続木さんのライブのチラシをもらった。そこには、『パリャーソ』という奇妙すぎるユニット名のライブ情報がかいてあり、ハーモニカは続木力、そして、ピアノが、『谷川賢作』だった。うそ!谷川賢作!うそ!ほんとに!と思った。そんなことがあるのか。絶賛感銘受けまくり真っ最中のハーモニカ奏者が、矢野顕子さんの一番好きなアルバムの中の一番好きな曲をかいている人と、会えたらいいけどどうせ無理だなーと思っていた人と、いっしょに演奏するなんて!そんなことが!まさかそんなこ、まさか!まさか!信じられなかった。信じられなかったし、チラシは、黄色い紙に、モノクロの、画質がとても悪い写真で、続木さんも谷川賢作もほぼ顔がわからなかった。谷川賢作の方は、辛うじて髪型が爆発型の感じなのかなあというのがわかった。でもそれ以外は場所と時間くらいの情報しかなく、今まで聴いていた続木さんが、さようならを作曲したピアニストの谷川賢作といっしょに、どんなことをやるか全く想像がつかなかった。このユニットほんとにいいのかな?というか、ほんとにあるのかな?続木さんってあの続木さんかな?谷川賢作はあの谷川賢作なのかな?谷川賢作はもしかしたら違う谷川賢作かもしれないよな?彼のライブで配られてるし続木さんは続木さんか。でもまあとにかく不安だった。いろいろ不安だった。不安だったのだが、ぼくはもしこの二人が本物だったら、こんなこと偶然とは思えなかったので、いろいろと確かめる意味でも、勇気を出して、そのライブに1人で足を運んでみた。吉祥寺と三鷹の中間くらいの位置なのだろうか。今はもうないが、『ラ・フォルテ・カフェ』という、1階がカフェ、地下がライブスペースになったとても素敵なところで『パリャーソ』のライブは行われた。パリャーソは、時間になると登場した。少し疑っていたが、本当に続木さん、そして、谷川賢作のユニットだった。谷川賢作さんの顔がはっきりと確認でき、それは、高校の時DiVaのホームページで見た谷川賢作と同じ顔だった。本人だ、と思った。育ちのよさそうな、お顔立ちだった。髪は爆発型ではなかった。切ったばかりのタイミングだったのだろうか。二人は少ししゃべって、というか、谷川賢作さんがなんだかまとまらないようなことをしゃべって、安心した矢先に違った不安を煽られたところで曲が始まった。うわ、これじゃん。と思った。続木さんのハーモニカがこれじゃんなのはわかっていたが、続木さんのハーモニカに合う楽器?演奏者?人?たぶんこれなんだと一瞬で思えた。これだ、これいいわー。これなにこれ、これじゃん、これじゃんと思いながら聴いていた。曲も素敵な曲ばかりで、フォーククルセイダーズの『悲しくてやりきれない』を矢野さんカバーバージョンで、といってやっていたりした。これだわと思った。カバーバージョンといってるけど、2人の音は無二無二としていた。これだわなと思った。続木さんのハーモニカはもう聴いているのでこれなのはわかっているのだが、谷川賢作さんも素敵なのは、矢野さんがカバーしている時点でなんとなくは予想はできるのだが、だがでもしかし、こんなにこれなピアノだと思わなかった。美しかった。よかった。上手だった。うまい!うまかった!ぼくの中の最上級、『うまい!』だった。あと、谷川賢作さんのかいた曲がまたすごくいい曲ばかりで、これだと思ったし、それは矢野さんもこの人の曲カバーするよなあーと思った。この日から、続木さん、そして、ライブ中にさん付けになった『谷川賢作さん』の音楽に夢中になった。その後調べた結果、谷川賢作さんは、ピアニストだけでなく、『そのとき歴史が動いた』のテーマ曲とか市川崑監督の映画の音楽とかやっているすごい人だった。そんなにすごい人なのに、2回目のライブを観に行ったときに、ぼくのことをたくさん聞いてきてくれて、mitatakeというユニットをやってるといったら、じゃあ、次のライブのオープニングアクトやんなよ、と、言ってきてくれた。mitatakeを聴いてもいないのにだ!なんなんだこの人は!八つ墓村なのに!竹取物語なのに(両方市川崑監督の映画で賢作さんは音楽担当)!やさしいのか、なんなのかわからなかったが、すぐに見田くんに伝えた。オープニングアクトをやらせてもらえる日は雨だった。場所はあの『ラ・フォルテ・カフェ』だった。ぼくたちは、矢野顕子さんの『いろはにこんぺいとう』という曲をやった。賢作さんは、最高だよな!曲のセンスいいよな!みたいなことをいってくれて、ぼくらのことを気に入ってくれたようだった。ライブの最後にはパリャーソにぼくらも混ぜてくれて、とても楽しかった。賢作さんの懐というか、なんというか、彼の大きさを感じた。そのときにたぶん、すでにmitatakeのレパートリーだった『さようなら』もやらせていただいたと思う。その時の賢作さんの反応を覚えていない。なんといってくれてたのか。今頃になって気になるが、作曲者の前で演奏させていただく幸せを噛み締めながら演奏させていただいたと思う。まさか『谷川賢作』に会うどころか、いっしょにできるなんて。月並みだが、『Home Girl Journey』を買った当時のぼくに教えてあげたい。それから賢作さんは、パリャーソ関係だけでなく、いろんなライブにオープニングで使ってくれたり、オーディオ雑誌のデモCDの録音に誘ってくれたり、ほんとにいろんな仕事をmitatakeにふってくれた。もちろんいまだにふってくれる。賢作さんのおかげで、mitatakeはとてもいろんな経験をさせていただいた。名前も知られていない、よくわからないデュオに、ここまでしてくれるなんて。感謝しかない。お父様の俊太郎さんともごいっしょさせてもらったり、銅版画家山本容子さんを紹介していただき、容子さんと山下洋輔さんのコラボコンサートに呼んでいただいたり、ほんとに楽しい思いをさせていただいた。というか、いまだに楽しい思いをさせていただいている。でも、賢作さんは、mitatakeに厳しく、いつも、お前らだめだ!もっと前に出ろ!みたいなことをずっと言ってくる。だから、いろいろしていただいているのに、いつしか、賢作さんの中ではmitatakeってだめなやつらなんだろうなー、なんか辛いな-、恩返ししたいなー、でもだめだめだしなー、みたいなことをずっと思ってどこかふてくされてはいたのだが、昨年の6月、2年ぶりにパリャーソとmitatakeが共演させてもらった。とても楽しくさせていただいたのだが、その日の夜?明けて朝?に、賢作さんが、mitatakeってほんとにいい。タケの歌で不覚にも泣きそうになってしまった、我慢したけど。みたいなツイートをしてくれていて、ぼくは、まさか賢作さんがこんなことを思ってくれたなんて!と、感極まって、ツイートを見たときは電車に乗っていたのだが、こっちは我慢できずに涙が溢れた。賢作さんは、僕たちのことを見守ってくれてたんだ、認めてくれてたんだ。その賢作さんのツイートにとても救われた。頑張ろうと思えた。賢作さんって、ほんとにmitatakeの支えです。会わなくてもなんかどこかで支えてくれている、そんな素敵な人です。これからも賢作さんと関わらせていただきたいし、mitatakeのコンサートとかにゲストで来てほしいし、パリャーソと4人でコンサートさせてほしいし、若い頃のように、終電逃して賢作さんちのピアノの部屋に泊まりたいし、起きてすぐ、もう立派な大人だけど息子のあるとくんとキャッチボールしたいし、お兄ちゃんキャッチャーうまいねーって御世辞言われたいし、とかとか、ずっと末永く宜しくお願いいたします。ぼくは、これからも、谷川賢作さんの、『進化』を、とても楽しみにしております。





 賢作さんは、というか、パリャーソは、


 2/23(日)

成城学園前 Cafe Beulmans

 【 出演 】 Palhaço:続木力(harm., recorder), 谷川賢作(pf)
 【 時間 】開場14:30 開演15:00
【 チケット 】ミュージックチャージ3,200円+要2ドリンクオーダー
 【 ご予約・お問い合わせ 】 Cafe Beulmans tel.03-3484-0047 info.cafebeulmans@gmail.com
メールでのご予約の場合、必ず当日ご連絡がとれる電話番号をご記載ください


 こんなライブをします。 パリャーソは、素敵です。 未体験の方、経験者の方共に、是非!! 賢作さんのピアノは、一度聞くと通いたくなります。お気をつけくださいませ!

http://tanikawakensaku.com